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【石じじいの話】戦前の朝鮮の話です。焼畑をして生計を立てている集団。墓地を持たず、亡くなった人の屍体は、その一部を切り取って…



501: 本当にあった怖い名無し@ \(^o^)/ 2016/08/11(木) 09:55:50.74 ID:i2+7Tfgh0
石じじいの話です。 

戦前の朝鮮のはなしです。 
現在の北朝鮮のあたりでは、そのころは山奥にいくと焼畑をしている人たちがいたそうです。 
一定の場所の森林を焼いてその燃えかす(灰)を養分として作物を育てて、そこの地力がさがる 
と、別のところに移動する、ということを繰り返したそうです。 
山奥を仕事で歩いていたときに、彼らに遭遇したそうです。歩いていると、あたりに広く煙が 
漂っているので注意深く山を進んでいくと、彼らが野焼きした直後だったとのこと。 
彼らは、里に住む朝鮮人たちとはちょっと違って、かなり粗野でした。簡単な草庵のようなもの 
を立てて、生活していました。若い男子は、家族と離れてグループを作って生活していたそうで 
す。粗野でしたが、それほどずる賢いということはなかったとじじいは言っていました。ただし、 
服装がかなり異なっていて、女性も男性もけっこう男前(美人)が多かったといいます。(まあ、 
それは好みの問題もあるのでしょうけど、じじいは、「なかなか、ええおなごがおったい!」と 
ニヤついていました。) 
文明的な道具なども持っていたので、里との交流はあったのだろうということでした。 
(つづく) 

502: 本当にあった怖い名無し@ \(^o^)/ 2016/08/11(木) 09:57:21.37 ID:i2+7Tfgh0
>>501 
(つづき) 
ただ、彼らは、他の集団(里からやってきた人々らしいのですが)から襲撃されることもある 
らしく、よそ者に対して強い警戒心を持っていたそうです。 
墓地を持たず、亡くなった人の屍体は、その一部を切り取って、素焼きの壷に収めておくのを 
見たことがある、とじじいは言っていました。それをどうするのかは知らないとのことでした。 
(そこまで深い長期間の付き合いはなかったのでしょう) 
彼らは、非常に山に詳しく、いろいろなことを教えてくれるので、情報提供者としては重宝した 
そうです。言葉は、里のそれと大きくは異なっていませんでしたが、語彙が少なく、ほとんどが 
文盲だったといいます。 

じじいによると、四国の山奥でも、定住せず里の人間とあまり交流しない人々がいたそうですが、 
すぐにそのような人々は、山野からいなくなったとのことです。里に下りて定住して混じって 
しまったようです。彼らは、魚をとったりして野宿で生活していたとのこと。